2017/07/06
ビッグデータマガジン副編集長の谷内です。今回はコールセンターを運営しているトランスコスモス社を取材して参りました。
もくじ
現在の『AI』とは
昨今ではAIをビシネスに生かそうとする試みが多く行われています。
世の中でAIがバズワードとなり、あらゆる仕事がAIに置き換わるとまで、言われることもあります。
文脈によっては、「AIは人間の仕事を奪う悪魔」のように書かれることすらあります。
筆者が思うに「現在のAI」は「人間の仕事を奪う悪魔」ではなく、「人間が寄り添わなくてはならない半人前知能」です。
したがって現在のAIはまだまだ不完全な箇所が多く、人間が機械に合わせないとうまく活用することができません。
たとえば、翻訳AIはまだまだ、完璧な翻訳はできません。
お店に立っているPepper君も、人間と複雑な会話をすることはできません。
このような状態ではAIが完全に人間に置き換わることはできません。
とはいうものの英語サイトを読む際には、翻訳AIで大まかな意味を掴むことはできますし、Pepper君も簡単な質問には答えてくれます。
現在浸透しているAIはまだ完璧ではありませんが、使い方によっては非常に便利ということです。
今回、私が取材したトランスコスモス社の、コールセンターの品質改善システムはAIをうまく利用した事例です。AIの特性を理解したうえで、業務改善に役立てています。
この事例が、読者の皆様の音声認識やAIのビジネス導入の一助になればと考えています。
従来型のシステム
トランスコスモス社は、複数の会社がシェアして使えるコールセンターを運営しています。そのため、コールセンター業務について豊富なノウハウがあります。
ただ、そのノウハウを実行するのは、オペレーターひとりひとりです。
現場のオペレーターが能力を向上させるためには、電話での対応をひとりひとり観察してフィードバックする必要があります。
従来の形式では、約一ヶ月に一回、サンプリング調査を行い、現場のオペレーターの通話応対を評価していました。
ここで得られたデータは個々のコールセンターの評価や、個人のフィードバックに使われています。
しかし、サンプリング調査は、人が行うため、どうしても観察者の主観が入ります。
また、オペレーターが何百回と電話応対をするうちの、ランダムで抽出した数回分しか観察できませんでした。
結果として、
- サンプル数が少ないため、正確な統計とずれる可能性がある
- 評価する際に観察者の感覚による部分が排除しきれない
- 観察に多くの時間がかかるので、回数を多く行うことが出来ず、サンプリングとフィードバックのサイクル一回の間隔が長い
といった課題がありました。
そのような課題を解決するためにトランスコスモス社は音声認識ソリューションを導入しました。
新システム
まずコールセンターの内容を録音し、音声認識AIを使ってテキスト化します。
そのテキストからチェック項目(挨拶ができているか、NGワードを言っていないか、お客様の声に被せて話していないか等)を洗い出し、BIツール(※1)で可視化します。チェック項目は、お客様満足度向上のために、トランスコスモス社が長年培ったノウハウから内容を厳選したものです。
※1BIツール・・・BIとは、ビジネスインテリジェンスの略。BIツールとは、データを経営の意思決定に活かすために使うツールの総称を指す。
新システムの利点
ではこのシステムを導入することでどのような利点があるのでしょうか。
コールセンターの管理者の利点
オペレーターへのフィードバック
今まで、何百回とコールしているうちの数回、主観的なデータを用いるしかなかった状況が、全ての通話記録からなる客観的な指標を元に話ができる状況に変わります。
たとえば、「あなたは挨拶が全~件中の6割くらいでうまくできていない。もっと挨拶をしっかりしよう」とか、「今回は前回指摘したところが改善できてきているよ。よくがんばったね」などと、フィードバックができます。このように、誰にでも分かる形でデータが出るので、指導に根拠や説得力をもたせやすくなります。
また、目標設定のための数値が明確になるので、目標が設定しやすくなります。
現場のオペレーターの利点
フィードバックを短いスパンで行える
通話記録に対する評価が短い期間でフィードバックされます。その結果を元に、現場のオペレーターは通話の質を細かく改善できます。
自分の通話記録を文字ベースで見ることができる
話し方は、無意識のうちに癖になってしまっていることが多くあります。そのような無意識的な話し方の癖を、客観的に把握して、改善に役立てることができます。
成績が良いオペレーターの通話記録を参考にできる
通話記録がテキストデータで残るため、以前はブラックボックスに近かったオペレーターとの通話記録が可視化されます。またテキストベースだと、一対多数でやりとりができるので、オペレーターの通話記録について、複数人でテキストを見ながら話し合うことができます。オペレーター間のやりとりを活性化する材料にもなります。
トランスコスモス社の利点
各コールセンターにおけるオペレーションの質に係る統計情報を可視化できます。そのため、どのコールセンターの状況が良いか一目で把握できます。
以上のことから、従来型のコールセンターと比較して、新しいシステムの利点をまとめると、以下の表になります。
従来型のコールセンター | 新システムを導入したコールセンター |
サンプル数が限られるため、正確な統計とずれる可能性がある | 全通話記録を統計的に処理するため、データに正当性がある |
評価する際に、観察者の感覚による部分が排除しきれない | 客観的な数値を元に評価できる |
観察に多くの時間がかかるので、回数を多く行うことが出来ず、サンプリングとフィードバックのサイクル一回の間隔が長い | 人がいなくても通話を分析できるため、観察の回数を増やして、短いスパンでフィードバックができる |
AIの利用法について
ここまで読んでいただくと、「AIって便利」とか「音声認識をしてテキストに記録するソリューションは別のビジネスでも使えるのではないか」等感じるかもしれません。
しかし、トランスコスモス社と同じように、音声認識を導入すれば、同じ成果が挙げられるわけではありません。このソリューションの裏には、概要を見ただけでは分からない工夫や要点が多く隠れています。その点について説明します。
音質の問題
音声認識の精度は高まってきたとは言え、まだまだ完璧ではありません。音声認識の精度をあげるためには実は良いAIを使って認識させるだけでなく、質の良い音声をとる必要があります。つまり、出来る限り雑音の少ない環境で、マイクに口を近づけて話す必要があります。
iPhoneのSiriに話しかけることを想像すれば分かりやすいかもしれません。Siriに話しかけるときはiPhoneのマイクに口を近づけて話しかけますよね。
実はトランスコスモス社ではコールセンター用の高品質な録音環境を既に備えていました。そのため、新しく環境構築しなくても、高品質の音声を担保することが出来たのです。
音声認識精度の問題
もしかすると、挨拶やNGワードなどの簡単なチェック項目だけでなく、もっと高度にAIで分析すればよいのではないかと考える人もいるかもしれません。しかし、音声認識の精度には限界があります。
口語での複雑なやりとりは正確にテキスト化されないことが増えます。結果としてテキストが低品質となるため、定量的にAIで分析しても良い結果が得られません。
トランスコスモス社は音声認識が比較的容易な項目(「挨拶ができているか」や「NGワードを言っていないか」など)に絞ってスコア化、可視化することで品質を保っています。
コストの問題
今回のソリューションのように、一般のコールセンターにBIツールから録音環境までを導入するには、多額のコストがかかります。しかし、トランスコスモス社は複数の事業者がシェアできるコールセンターを所有しているので、事業者が新しく設備を導入しなくてもこのソリューションを使用できます。このソリューションは大規模なシェア型コールセンターを所有するトランスコスモス社だからこそ実現できます。
本章ではAIの利用法について書きました。
トランスコスモス社から学べるAI活用におけるヒントは二つです。
- AIの特性に人が合わせる
本章で説明した音声認識精度のように、今のAIはまだまだ完璧ではありません。AIに何でもさせようとするのではなく、人がAIの特性合わせてうまく活用していく必要があります。
- 自社の強みを考える
トランスコスモス社が大規模なコールセンターを所持しており、コールセンター業務に関するノウハウをあるからこそ、このソリューションは成り立っています。自社の分析無しにしてAI利用はありません。いかに自社に合わせたAI利用法を考えるかがポイントになってきます。
AIを使うのはあくまで人である
最後にこの取材を通して印象に残った話を書きます。トランスコスモス社の取材でソリューションの話を伺った際に「オペレーションの質が自動で可視化されて早いサイクルで改善されるのはすばらしいですね。自動でアドバイスも出るようにすれば、ほとんどの工程が自動になるのではないでしょうか?」と質問しました。
そこでインタビュー担当者様がおっしゃったのは以下のような言葉でした。
「機械にアドバイスされて素直に直そうと思いますか?あくまでコールセンターの中心は人です。アドバイスの仕方を考えてアドアイスするのも、アドバイスを実行するのも人なのです。AIはあくまで今までもしてきたことをより効率的にするツールにすぎません」
私はこの言葉に感銘を受けました。
これが本来のAIのあるべき姿だと感じます。AIは人間の仕事を脅かすものではなく、物事を効率よく行うためのツールに過ぎません。あくまでAI使うのは人間だということを忘れてはいけません。
AIをビジネスに利用する際には、「AIの限界」をわかったうえでいかに上手に不完全なAIを利用するかを考えていくかが大切です。
【取材先】
トランスコスモス株式会社
〒150-8530 東京都渋谷区渋谷3-25-18
【トランスコスモス社 取材ご担当者様】
DEC統括DCセンター総括 サービス戦略本部 サービス企画部部長 岩浅 佑一 様
DEC統括DCセンター総括 サービス戦略本部 サービス企画部 音声認識ソリューション課 課長 野田 健一 様
DEC統括 首都圏第二本部 第二ユニット MCMセンター千葉市川 課長 鎌田 頼信 様
【執筆者情報】
ビッグデータマガジン副編集長。
神戸大学経営学部卒業後、人工知能とビッグデータが世界を変えると確信し、チェンジに入社。研修講師やデータ分析業務、生産効率化コンサルを担当。
株式会社チェンジではビッグデータを扱うデータサイエンティスト育成の研修も行なっております。AIやビッグデータについてご興味がある方はこちらからどうぞ。
http://www.change-jp.com/service/iot/
今回はデジタルトランスフォーメーションの事例でした。株式会社チェンジでは先進的なデジタルトランスフォーメーション研修も行なっております。ご興味がある方はこちらからどうぞ。