2017/07/06

PTCは、IoT(モノのインターネット)による「モノ」の開発、運用、サービスを変革するテクノロジープラットフォーム、およびソリューションをグローバルに提供する企業です。今回は、製造業におけるAR(Augmented Reality、拡張現実)活用について、米PTCの日本法人であるPTCジャパン株式会社テクノロジープラットフォーム事業部山口達也さまと李申さまにインタビューしてまいりました。
―PTCには、VuforiaというARプラットフォームがありますが、実際にARを活用した事例としてどのようなものがあるか教えていただけますか?
Vuforiaは、PTCがQualcomm社から2015年に買収したARプラットフォーム事業です。これまでのモノづくりでは、商品を製造した後、売ることがメインとなり、購入後の保守に関しては基本的には取扱説明書や故障時のサポートのみとなっていました。しかし、ARやIoTといった技術によって、モノがインターネットに常につながっている状態となるので、メーカー側は売った後もその状態を把握することが可能になります。そうすると例えば、保守業務を円滑に進めることが可能になります。
事例としては、サーバの修理業務があります。通常、修理のためにメーカーから現地に人を派遣すると、コストがかなり掛かってしまいますが、Vuforiaを使うことでお客さんに分かりやすい形で修理に必要な情報が表示され、お客様自身がその指示に従うだけで修理ができるようになります。また、自分では修理ができない場合でも、故障の状況が数値化され、ユーザがメーカーに対して状況を説明しやすくなり、修理期間の短縮につながります。
実際に、製品の情報を表示するためのトリガーとなるのは、VuMarkという、独自に開発した一般的な二次元コード(QRコードなど)の進化版のようなフォーマットを利用します。VuMarkは、二次元コードと違い、様々なデザインやロゴと一体化させて使うことが可能なため、製品の外観を損なうことがありません。また、VuMarkは、トラッキングに優れており、VuforiaがインストールされたiPadなどのデバイスがあれば、ある程度動きがある状態でも、簡単にスキャンでき、情報を引き出すことが可能です。
VuMarkの一例:形状やサイズなどを気にすることなくデザイン可能

https://thingevent.com/
ムービー〔ThingX will Revolutionize How People Interact with Things〕
VuMarkをスキャンすれば、一連の修理手順をARで表示

https://thingevent.com/
ムービー〔ThingX will Revolutionize How People Interact with Things〕
また、類似する事例として、バイクの修理業務があります。まず、バイクが故障したお客さまから故障連絡が届いた場合、その故障情報をタブレットにインプットするだけで、自己診断プログラムが起動し、おおよその原因がわかります。その後、実際に状況を確認するために現地に行き、先ほどの事例と同様にVuMarkをスキャンすると、修理すべき箇所がハイライトされ、作業手順がタブレット上に表示されます。これによってバイクの整備士はベテランでなくともスムーズに修理ができます。
タブレットでVuMarkをスキャンするだけで、故障修理情報を表示

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ムービー〔PTC Customers Demonstrate AR Value in Real World Applications〕
―このような保守の事例において、それぞれの製品に対するメンテナンス情報を表示するには、製品を構成する全ての部品の情報管理が徹底されている必要がありますが、実際にはそのようなことは可能なのでしょうか?
PTCの部品管理ソリューションなどを用いれば、部品情報の管理自体は可能です。しかし、だれでも簡単にできるというものではありません。そもそもモノづくりのプロセスにおいて、製造側が部品のマスターデータをしっかり整備できているかという問題があります。単に作って売るだけであれば、売った製品に関するデータ整備だけでよいですが、出荷された後のトラッキングやメンテナンスも想定すると、部品単位でのデータ整備が必要になります。そのためには、エンタープライズPLM(プロダクトライフライクルマネジメント)を考えなければなりません。
さらに、製品や部品のバージョン管理までふくめると、時系列で構成情報が整備・管理されているかということが問われます。必ずしも、最新のバージョンではないユーザもいらっしゃいますので、柔軟に対応できなければなりません。
また、ユーザがその製品に対して、自らメンテナンスを行った際、例えばサードパーティの部品を勝手に組み込んでしまうような、メーカー側として想定外のことをしてしまうこともありえます。それらを解決するには、全ての状況を想定したとてつもない量のデータベースと、ほぼ無限に近い構成の組合せ情報を持っていなくてはなりません。それができないと、実質的にはメンテナンスができなくなってしまう可能性もあります。
また、ユーザ側で独自に作業をした場合、その情報を入手するというフィードバックを、ネットワークを介して行う必要があり、その管理のためのトラフィック負荷がかなり高くなります。
―今後は、製造業におけるメンテナンスデザインという発想が生まれてくる可能性もありそうですね?
メンテナンス性やデザイン性、さらには部品レベルでのデータ公開にともなう情報セキュリティの面も含め、ユーザ視点に立って製品のライフサイクルを考えられるようなプロデューサーを育成していく必要があるでしょう。
―ここまで製品の保守業務の事例が続きましたが、それ以外でARを活用した事例はございますか?
他には、車のダッシュボードのデザインをカスタマイズする事例があります。通常、車のダッシュボードには、時速やガソリン残量といった様々なメーターの類があります。しかし、アナログメーターを好む人もいれば、デジタルメーターを好む人もいます。このような個人の趣味については、通常、製造時にカスタマイズで対応することになりますが、ARを用いれば必要な情報はセンサーから取得し、ARでデザインを置き換えてしまうだけで対応が可能になります。
車のダッシュボードをARで、アナログ/デジタルに変更可能

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ムービー〔ThingEvent: Taking a Fresh Look at Things〕
―これまでの事例で紹介されたVuforiaのデバイスは、いずれもiPadでしたが、他のデバイスでも適用可能なのでしょうか?
Vuforiaは、他のデバイスであるタブレット、スマートフォンはもちろん、アイウェア(メガネ型ウェアラブル機器)※1にも対応しています。特定のデバイスに依らないので、自分で使い分けることができます。大きな画面でメモを取りながら作業をしたい人はタブレットを使いますし、実物を見ながら操作したいという人は、コンパクトで片手持ちのiPhoneを使うこともできます。※2
―では最後の質問ですが、ARによる今後のマーケットの変化についてどのようにお考えでしょうか。
PTCが提供するARやIoTは、製造業そのものの考え方を変えてしまう可能性を秘めています。これまで日本の製造業のやり方は、品質も含め完全なモノを出荷するというものでした。一方、米国の製造業では、ある程度不完全な状態で出荷し、残りはファームウェアとして提供することで、出荷後のソフトウェアの改変・改善など、リモートでカバーしていくという発想が生まれつつあります。
まさにiPhoneがそうであるように、ある程度のハードウェアデザインをしておけば、あとは、OSをアップデートすることでユーザエクスペリエンスを変えていける。このような流れが、もう少し広い製造業などにも起こってくるのではないかと考えています。
※1
現時点では以下の2種類のアイウェアに対応しています。
- HMDタイプ(スマートフォンをViewerに装着したもの)
例:Smartphone + Google Cardboard viewer, Samsung GearVR)
- スマートグラス(メガネ)タイプ
例:EPSONのBT200、米ODG社のR7、これからのMS社のHololens
※2
取材では、ThingXの事例を中心に紹介しました。ThingXは現状Vuforiaの一部の機能を取り入れたもので、Beta版では、対応デバイスはiPadのみになっていますが、今後はiPad以外(アイウェア含め)サポートする可能性もあります。
(瀬占弘幸)
【関連サイト】
PTC Thingイベント Webサイト