2017/07/06

今回は、インドのビッグデータやIoT分野の企業と幅広いネットワークを持ち、数多くのIoTプロジェクトのアドバイザーを務めているインドIoT分野の重鎮であるハルプリート・シン氏にインドのIoTビジネスの最新情報を伺いました。
——まずは自己紹介をお願いします。

ハルプリート・シン氏
私は電気技術エンジニアとしてインドのビルラ技術科学大学*1を卒業後、アメリカのウィスコンシン大学マディソン校、インドのCSIR*2で、インド市場向けの高品質かつ革新的なヘルスケアシステムと分析ツールの研究開発に取り組みました。その後は、イントゥイット*3、マッキンゼー、フィリップス等のグローバル企業で、ソフトウェア開発、科学研究、システム・アーキテクチャーに関わる業務に従事し、現在は8年前にインド・ニューデリーに設立したOxyentというビッグデータやIoT製品を提供する企業のCTOに就任しています。
*1 インド大手財閥ビルラグループのインドトップレベルの私立大学
*2 日本の産業総合研究所に相当するインドでのトップの技術水準を誇る研究機関
*3 アメリカの大手会計サービス会社
——インドでの最新のIoTマーケットの状況について教えてください。
現在、インドのIoTマーケットは、消費市場としてはまだまだ初期段階です。インドには2014年時点2億個のコネクテッド・デバイスが存在すると言われており、2020年には27億個に増加し、市場規模は150億ドルに達すると言われています。
この市場の成長を促す要因としては、インド政府による”Make in India”の取り組みと、グローバル市場からインドIoT企業へのアウトソーシングや製品供給の需要の増加が挙げられます。
インドのIoTマーケットは下記の3つの領域の存在感が特に強いです。
- インターオペレラビリティ*4(システム・インテグレーション)
- ヘルスケア
- エンドユーザー向けソリューション
エンドユーザー向けソリューション領域はさらに、ウェアラブルデバイス、ホームオートメーション、その他コンシューマ製品に分けることができます。
*4 Interoperability「相互運用性」という意味で、異なる装置や製品などを組み合わせた時に、全体として正常に動作することを示す。
——インドのIoT分野の中でどのような分野に注目されていますか?また具体的な事例があれば教えてください。
インドIoT分野で現在、商業的に著しい成長が見られるのは、物流・フリートマネジメント(FMS)の領域やヘルスケアの領域が挙げられます。
- 物流・フリートマネジメント
インドはEコマース市場の拡大やGST*5の導入のような規制変更によって、物流業界の大幅な成長が期待されています。
このような物流業界向けにEnnovasysやAltiuxのようなIoT企業はフリートマネジメント・ソリューション(FMS)を提供しています。これらFMSのソリューションにはリアルタイムトラッキング(車両やドライバーのリアルタイムデータをサービスに活用する)やジオフェンシング*6やルート予測や車両健全性管理に必要な情報の分析ツールがあります。これらの技術は、道路老朽化防止や渋滞回避、輸送ルート最適化による環境改善等の社会インフラの保全・改善のためにも活用されることが期待されています。
*5 Goods and Service Tax(物品・サービス税)のこと。これまでばらばらだったインド国内の間接税(物品税、中央販売税、州VAT、サービス税)がGSTの導入によって統一される見込み
*6地図上にバーチャルなフェンスを設置して、特定のフェンス内に特定のユーザーや特定のモノが出入りした時に、GPS機能を活用し、予め決めた処理を自動的に行う技術。
- ヘルスケア
ヘルスケア分野もインドのIoT企業の注目分野です。インドが抱える今後の人口増加と医療費抑制の課題を同時に達成するためには、テクノロジーによる解決が唯一の方法です。インド政府やインドの私立病院はIoT企業と連携し、医療費の削減と医療品質の向上に取り組んでいます。
Altiuxはヘルスケア分野でもIoTソリューションを提供しています。病室内の様々なデバイスと病院のITシステムを連携させ、病室業務の自動化ソリューションを提供しています。このシステムでは、音声動作システムも提供しており、患者は看護スタッフの手を借りず、自分の声によって部屋の電気の点灯、エアコンの電源のオンオフやブラインドの開閉が可能になります。
ヘルスケア関連ソリューションを提供しているIoT企業は他に数多く存在します。これらのIoT企業が提供しているソリューションでは、心拍数、血圧、体温、血中酸素量、呼吸、心拍変動等を計測することができる。また血糖値計で測定した血糖値をクラウド上のデータベースに送ることができるIoT製品もあります。
——今回監修された「インドIoT企業レポート」について教えてください。

インドIoT企業レポート
http://www.india-bizportal.com/advance/a17655/
今回、監修した「インドIoT企業レポート」は、インドの全地域、全産業における主要IoTスタートアップ企業を網羅しています。収録されているIoT企業の分野は、車載(コネクテッドカー)、交通、ヘルスケア、スマートホーム、スマートメーター、マルチメディア、フットウェア、ウェアラブルデバイス、セキュリティ、インダストリアルIoT、IoT開発ツール、IoTプラットフォームアプリケーション等、多岐に渡ります。最新のインドIoT企業の技術・製品・サービスをご紹介していますので、日本企業にとっては、IoTソリューションの活用事例として、アライアンス候補を探す際のディレクトリーとして有益な情報を提供していると思います。
—アメリカのシリコンバレーではITスタートアップ企業への投資が過熱していますが、インドのスタートアップ企業への投資はシリコンバレーと比べてどのような状況でしょうか?
インドのスタートアップ企業はシリコンバレーのスタートアップ企業に比べて、製品やサービス品質の違い、企業の成熟度、エコシステムの成熟度の点から企業価値を低く評価されるのが慣例です。しかし、近年インド(アジアの各国も同様ですが)における投資機会は拡大しています。さらに重要なことは、インドのITスタートアップの起業家たちは、近年世界各国で活躍することによってグローバルレベルの経験値を積んできているということです。
近年はテクノロジーへの投資がグローバルレベルで分散していますので、その状況を反映して、インドのテクノロジー系スタートアップ企業への投資は増加しています。あるレポートによれば、エンジェル投資家とベンチャーキャピタルが2015年前半に公開されたものだけでインド国内で380のディールを実施しており、その金額は35億ドル以上に上り、これは過去最高の投資額です。
——インドのIoTスタートアップ企業は、外部からの資金調達やアライアンスに対して積極的でしょうか?日本企業とのアライアンスへの意欲はいかがでしょうか?
一起業家として、また長い間インドマーケットに身を置いてきた観点から申し上げると、インドのスタートアップ企業が今後、日本企業との戦略的なリレーションシップの構築にさらに意欲的になっていくことは間違いないと思っています。インドでの資金調達コストが高いという事情もありますが、インドIoTスタートアップ企業が日本企業とアライアンスを組むことは、彼らにとって日本という成熟市場における事業機会が開かれることになります。
インドIoTスタートアップ企業はグローバルマーケットに対して数多くのソリューションを提供していくと思います。それによってさらにグローバルマーケットでの信頼性とマーケティング上のアドバンテージを獲得し、グローバルでの影響力を強めていくでしょう。日本企業にとってもインドIoTスタートアップ企業と提携することは十分なメリットがあると思います。
——最後に日本企業の読者にメッセージをお願いします。
日本は歴史的にM2M(マシーン・ツー・マシーン)、HEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)、スマートホーム分野において、世界的なリーダーです。近年、国際標準化規格として承認されたエコーネットコンソーシアムの動向に見られるように、日本がIoT分野において世界的な競争力を維持することは非常に実現可能性の高いシナリオだと思います。豊富なソフトウェア人材と急激に増加する中間層人口を持つインドは、日本のこれからのIoT産業にとって、アライアンスパートナーにも巨大な消費市場にもなりうると思います。私は日本・インドの企業が戦略的なリレーションシップを構築し、両国のビジネス発展を通じて、より明るい未来を築いていくことを願ってやみません。
インドIoT企業レポート 詳細はこちらから
http://www.india-bizportal.com/advance/a17655/
【執筆者情報】
木澤 真澄
株式会社チェンジ
インド進出支援コンサルティング事業担当
マネージャー
外資系コンサルティング会社勤務後、株式会社チェンジに入社。2010年よりインド進出支援コンサルティング事業に従事。日本企業がインド市場へ進出する際の戦略策定支援、事業計画策定支援、新規事業開発、市場調査、提携先調査、マーケティング支援、JICA・経産省等の公的機関のインド関連案件のプロジェクトマネジメント等、これまで数多くの日本企業のインド進出をサポートしている。