2017/07/06

今回のビッグデータマガジン・インタビューは、日本航空株式会社(以下、JAL)さまです。
近年、高度な専門性を有するデータサイエンティストの育成だけでなく、いわゆる一般の社員にもデータ分析スキルを身につけさせて、組織全体の問題発見・解決能力を底上げしようとする取り組みが目立ってきました。
JALさまでは“データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー2015”受賞者の渋谷直正さまを輩出した一方、2015年の2月から3月にかけ、40人の一般社員向けに「調査統計教育」という研修を開催しました。これは、全2日間にわたり、統計分析の基礎から、実際に業務で扱っているデータを使った分析の実践まで学ぶというプログラムです。
今回は、「調査統計教育」の企画・運営を担当された中尾慎一郎さまと、実際に研修を受講された篠原啓さまにお話を伺いました。
―――「調査統計教育」を企画された背景、位置づけなどについて教えてください
中尾さま:
そもそもの出発点には、稲盛和夫氏(現名誉顧問)が会長として弊社の再建に際して持ち込んでくれた『JALフィロソフィ』があります。『JALフィロソフィ』そのものは経営哲学ですので、データ分析とは異なるもののように感じられるかもしれません。しかし、我々は受講者に対し単に統計解析やデータ分析の手法を伝えたいのではなく、『JALフィロソフィ』の哲学に則り、各部門・社員一人一人が当事者意識を持って自律的に顧客満足向上に向けた業務改善に取り組むことを求めています。
実際に業務改善に取り組む際、勘や経験に加えて、データから導かれる客観的な数字をもとにPDCAサイクルを回していくことが重要であり、そのためにはデータ分析(統計解析)の基本的な知識・スキルが不可欠です。そこで、今回の研修を企画するに至りました。
データ分析のスキルを一部の人間だけに留めるのではなく、全社的な底上げを図り、お客さまの声をもとに真因を探り、品質改善を実行する風土を築いていくことが目的でしたので、特定の部門でのみ通用するニッチな内容や、高度な統計解析に関する教科書的な内容ではなく、現場の業務ですぐに応用可能な内容であることが必要でした。
また、顧客満足の向上がデータ分析の目的ですので、分析対象になるのは、実際に搭乗いただいたお客様に満足度をお尋ねするアンケートなどのデータです。こうしたデータを分析する際に有効な統計解析の手法を学ぶ必要がありました。
―――「調査統計教育」の特徴について教えてください。
中尾さま:
研修全体は「知識のインプット」と「実際に業務で扱っているデータによる実践演習」を2日間で繰り返す形式です(図1)。
1つ目の特徴は、いきなり統計の話題から入るのではなく、まず自分たちが当たり前のように扱っているデータそのものについて、その意味を5W1Hの視点で考えてもらうことです(図2)。
こうすることで、データ分析の目的を再考し、単なる集計作業という意識を変える効果が期待できます。また、やみくもにデータを分析するのではなく、分析の切り口・視点を得ることにも役立ちます。
たとえばデータの属性(Who)であれば、データ全体の傾向と、顧客を年代・性別といった属性で分けた時の傾向は異なることがあります。自分の部署の問題解決には、どのような切り口でデータを見るのが有効か、それを考えてもらいます。
2つ目の特徴は、実データによる演習です。
よくある統計学の研修では、演習題材としてダミーデータが使われます。研修開発者の意図通りのきれいな分析結果が出るため、わかりやすい反面、実際の業務データでは思ったような結果が出ず困惑することがあります。
本研修では業務で実際に使われているデータそのものを演習題材としており、演習の設定も具体的です。思い通りの結果が得られないこともあり、試行錯誤が必要になる点で極めて実践的ですし、研修で学んだことがすぐに業務に活かせます。
―――開発パートナーにチェンジを選んだ理由を教えてください
中尾さま:
統計学の講義だけなら弊社でも開発可能でしたが、新しい分析技術や仮説構築の考え方など外部の知見も取り入れるべく、外部パートナーの選定を行いました。そして、ビッグデータ分析をはじめとしたデータサイエンティスト養成など豊富な研修実績と、様々なBIツールに対する造詣が深く、各種ツールを活用したトレーニングの開発・運営を担って頂ける点などを考慮し、株式会社チェンジ(以下、チェンジ)様に弊社のパートナーとなっていただけるようお願いをしました。
弊社ではすでに、分析業務を効率的に行うためのBIツールを複数導入しており、最近もセルフサービスBIを導入したばかりですが、チェンジ様のお力添えによりそれを最大限活用できると考えたからです。
――研修の開発から運営までのサービスについて、満足度を教えてください
中尾さま:
研修ではとにかく実践的なスキルを身に付けてほしいという想いで内容を検討しました。
たとえば、先進的なBIツールだけでなく、誰もが利用できる身近なツールであるエクセルの機能(関数やピボットテーブルなど)についての使い方を盛り込みました。
また、演習の内容は、アンケートなどの実データを使用しています。チェンジ様に実データの背景・意味をよく咀嚼してもらえたことで、データ分析を業務改善のストーリーに落とし込まれた実践的な演習となりました。これは、開発を担当された廣野さんが、キャリア上、多くのアンケートデータの分析に従事されてきたこともあり、そこで培われた知見を存分に発揮され、今回教科書的ではない演習に仕上げて頂き、大変満足しています。
篠原さま:
これまでも数表を見ることはありましたが、今回の研修で、データのどこに着目するべきか、どうすればデータの中から事実を浮かび上がらせることができるかを理解できました。「相関」「検定」といった言葉については、ある程度は知っていましたので、自分のレベルの少し上ぐらいの内容で丁度よかったと思います。普段、あまり使っていなかったエクセルの機能(ピボットテーブルなど)も改めて使い方を理解でき、効率的に業務が進められるようになったと思います。
―――今後の展開について教えてください

日本航空株式会社 中尾慎一郎氏(中央)、 篠原啓氏(右)
株式会社チェンジ/ビッグデータマガジン 廣野勝利(左)
中尾さま:
本年度も、「調査統計教育」は継続して開講していきたいと考えております。やはり、お客さまの声というデータを分析して改善を施し、「満足度を向上させる」ということは一つの部署だけで完結できるものではありません。より多くの社員にデータ分析スキルを持って貰うことが、お客さまに満足頂けるサービスをご提供することにつながると考えています。
日本の製造業が強かった理由の一つにQC活動がありましたが、そこでPDCAサイクルを回す際、いわゆるSQCと呼ばれる統計解析の手法が応用されていました。弊社は製造業ではありませんが、PDCAサイクルを回す風土を根付かせるうえでも、やはり統計は強力なツールになると考えています。また、それぞれの現場が直面する課題に対しては、我々の部署が個別にフォローしていきます。
『JALフィロソフィ』にも掲げられている“正しい数字に基づく経営”を全社に根付かせるため、これからもデータ分析のすそ野を広げる活動を推進して参ります。