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後編 ビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイント

time 2014/10/23

後編 ビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイント

今泉大輔
ITジャーナリスト

米国のビッグデータの活用事例を見ても、まだまだ周辺領域での利用が多いように思います。ある部門の中だけでビッグデータを利用するなど、特定業務プロセスのみに適用するケースが多く、経営そのものに大きなインパクトを与える使い方にはまだ距離があります。

Netflixは数年前から実質的にストリーミング有料動画配信専業になり、オフラインビジネスを断ち切って、背水の陣を敷いた格好になりました。彼らがもし、オンライン顧客から得られるデータを活用できなければ、他社に顧客が奪われ、企業の存続が難しくなります。それだけ、ビッグデータの活用に必死です。

 

前編記事はこちらからご覧ください
前編 ビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイント
https://bdm.dga.co.jp/?p=1900

 

■ポイント4 売上高を改善する指標を集中的に攻める

 

Netflixの事業の柱は、月極め視聴料7.99ドルを支払うと、ストリーミングで映画・ドラマを見放題になるというサービスです。現在、世界各国で4,400万人の会員がいて、2013会計年度では約43億7,000万ドルの売り上げがあります。売り上げを増やすには、月極め視聴料を支払う会員数を維持し、解約を減らす必要があります。なお、新規会員獲得方策については後で述べます。

立ちはだかるコンペチターは、いろいろな領域にいます。電波・ケーブルでTV番組を配信する従来型の放送局やCATV会社、膨大なコンシューマー・ジェネレイテッド動画を蓄積しているYoutube、Netflixと同業のHulu。AmazonもPrimeという有料動画サービスを始めました。多様なコンピュータゲームもコンペチターであることに間違いはありません。

注意すべきは、これらのコンペチターとは顧客の「時間」を奪い合っている構図があるということです。顧客の時間は有限なので、他のコンテンツに夢中になっている消費者を、Netflixの方に強引に引っ張ってこなければなりません。同社にとって売り上げや利益率を上げるとは、そういうことなのです。

Netflixでは、一人の会員において月間視聴時間がある水準を下回ると、解約が発生しやすくなる事実をつかんでいます。解約はそのまま売り上げ減につながります。そのため、顧客の月間視聴時間を少しでも増やす方策を、ビッグデータの分析・活用によって具体化しています。

ユーザーがつまらないと思う映画・ドラマはレコメンドしない、始まったら必ず最後まで見終わる作品を流す、ドラマなら2話目、3話目も続けて見たくなるようなものを流すといった、「Netflix漬け」の状況を作り出す方策を、ビッグデータ分析を基にした試行錯誤で作り上げているのです。

決定的な役割を果たすのが、前回説明した精度の高い、パーソナライズされたリアルタイムのレコメンデーションです。ログインした瞬間に表示された映画が、まさに見たい映画だった!1本見終わって他サイトに移動しようと思った瞬間に、どうしても見たい映画が出てきた!というレコメンドの精度の高さが、同社の売り上げに直結しています。前回述べた膨大な映画・ドラマに人力でタグを付ける作業が行われたのも、レコメンドの精度を上げるためでした。

現在、会員の視聴行動の75%がレコメンデーションによるものだと発表されています。これは見事な数字だと言えるでしょう。Netflixはデータ分析の総力戦で、Netflix漬けの顧客を維持しています。

 

■ポイント5 データから仮説を作ってレコメンデーションの精度を日々改善する

 

多くのネット企業と同様に、同社もA/Bテストは日常的に行っています。ご存じのように、A/Bテストとは、ウェブページの表示内容や表示位置、デザインなどを複数パターン用意し、個々の会員に表示した際に、顧客がどう反応したかをデータとして取って、最良の表示方法、最良の顧客動線を見つけ出す手法です。

同社の場合、レコメンデーションの精度を上げるために、RMSE(Root Mean Square Error)という誤差率の指標の改善に取り組んでいます。これは予測系のビッグデータソリューションでよく用いられている指標です。数年前に、分析アルゴリズムを公募した際には、この指標を10%以上改善した開発者に対して、1億円の賞金を出したほどです。1%、1%の改善が大変な指標であるわけで、毎日毎日、いろいろな方策を試しながら改善を続けています。

例えば、レコメンドする映画・ドラマのリストの並べ方、表示位置、表示するタイミングなどを、細かく見ているようです。また、映画パッケージの色味についてもデータを分析しています。ある色味の映画が好きな人は、同種の色味を持った映画を見る傾向があるそうです。
(資料 http://www.wired.com/2014/03/big-data-lessons-netflix/

データ分析技術を担当するヴァイスプレジデントのTodd Yellinによると、ビッグデータを分析して得られるレコメンデーションの内容は、時々人の合理的な理解に反する、わけのわからない結果も出てくるそうです。しかしそれも貴重な分析結果として顧客に提示します。それで視聴時間が増加すれば、データ分析が正しかったということになります。人間の合理的理解は、データ分析を超えられないことがあるということです。こうした、うまずたゆまず改善を続けて行く営みが、レコメンデーションの精度向上に役立っています。
(資料 http://m.theatlantic.com/technology/archive/2014/01/how-netflix-reverse-engineered-hollywood/282679/

 

■ポイント6 データで売れる商品を仕入れ、データで新製品を開発する

 

Netflixはまだまだベンチャー気質を残しており、業界の大手企業に対して、かなりラディカルな挑戦状をたたきつけています。最大の敵はタイムワーナー系のHBOです。

同社はビッグデータを活用することで、年間20億ドルを投じるコンテンツの買い付けに新しい手法を使っています。そして、この手法は、従来のテレビ局やCATV局には真似ができないと宣言しています。同業他社は、ビッグデータの活用ができていないがために、従来型の人のカンに頼った買い付けをしています。その状況では、1つの作品が獲得する視聴時間を予測することはできませんし、パーソナライズされた顧客にどのように受け入れられたかを定量的に把握することはできません。買い付けの投資効果がはっきりとした数字で上がってこないのです。これでは、中長期的にNetflixに勝つことはできません。ビッグデータを徹底的に活用する経営は、それに取り組まない競合他社を引き離すことができます。

同社では、当面30%の粗利率突破を目標とし、粗利率を少しずつ上げるために、売り上げの伸び率を若干下回る伸び率でコンテンツ買い付け予算を設定しています。売り上げが伸び、買い付け費用が安く済めば、粗利率は改善します。それに四半期ごとに取り組んでいます。

売り上げの伸び率が予想できるのは、顧客の視聴行動をデータで把握し、それに高精度のレコメンデーション(以下のRMSEがわかっている)をぶつけることによって、総視聴時間が予想でき、解約を含む有料会員数も把握でき、7.99ドルの月極め視聴料の総計が予測できるというロジックに拠っています。

コンテンツ買い付けもまた、ビッグデータ分析を元にしています。例えば、劇場で派手にヒットした作品を買い付けるかどうかを決める際に、前編記事で述べたタグ付けをその作品に対して行います。
参考)前編ビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイント
https://bdm.dga.co.jp/?p=1900

いったん映画がタグ付けされてしまえば、同社のビッグデータ分析システムで、どのクラスタの顧客がどの程度の視聴をするかが計算できます。劇場ヒット作品であっても、Netflixの総視聴時間の伸びに貢献しないことがわかれば、買い付けはパスします。

逆に、やや古めの作品やドラマシリーズであっても、適正なタグを付けて、総視聴時間数向上に貢献することがわかれば、迷わず買い付けます。結果として、限られた予算で最大限の効用が得られる買い付けができているのです。

これは仕入れ、調達が関わるすべての業種・業態にとって、非常に参考になるビッグデータの活用法ではないかと思います。すなわち、ビッグデータ分析によりレコメンデーションを高度化し、売り上げを予測可能な状態にできる体制に持って行って、あらかじめ売れるとわかったものを調達するというやり方です。

 

■オリジナルドラマで大成功を収め、映画・テレビ業界の話題をさらう

 

ポイント6の続きです。データで新製品を開発するとは、同社の場合、映画会社や制作プロダクションが作った作品を買い付けるのではなく、自分たちの資金でオリジナルなドラマ・映画を制作することを指します。

同社の経営のキーワードの一つに”Predictive”があります。ビッグデータ分析でさまざまな仮説と検証を繰り返すことにより、何かのアクションを起こした時の効果(視聴時間、新規顧客獲得など)をある程度までPredict(予測)できるようになるのです。

同社はすでに、手間暇のかかる作品へのタグ付けと、マシンラーニングのクラスタリングによって、どの顧客がどういう作品を喜ぶかをシステム的に把握できるようになっています。この技術を使えば、同社がオリジナルに制作する作品についても、どの程度の顧客がどの程度の視聴時間を使って見るかが、あらかじめわかるのです。

すなわち、新作オリジナルドラマを例えば10億円を使って制作した場合、それが稼ぎ出す視聴時間数、および、新規に獲得できる可能性のある会員数が予測できるのです。これはコンテンツ制作業界にとって、革命と言ってもいい状況です。

2〜3のドラマシリーズを試行的に制作・公開した後で、2013年2月には大物俳優ケビン・スペイシーが主人公を務める政界物ドラマ「House of Cards」がNetflix独占で公開されました。監督は映画「ソーシャル・ネットワーク」(ザッカーバーグの起業物語)で知名度が上がったデビッド・フィンチャー。全13話が一挙に公開されたことも話題を呼びました。TV系のドラマ配信は、1週間に1度、時間枠を決めて行われます。Netflixはその慣行を破り、13話をいっぺんに公開したのです。週末のまとまった時間を使って、全話を連続で見た会員も数多く出たと伝えられています。

そのほか、ドラマ制作に関するエピソードもなかなか興味深いです。一般的な米国のドラマシリーズでは、プロデューサー、監督、資金の出し手が集まり、まず、パイロット作品を1本制作します。制作費は1〜2億円といったところ。TV局やCATV会社がこのパイロットを見て、数十億円の制作費を出すことを決め、13話程度の連続ものを制作します。パイロットの出来がよくなければ、その制作費は損失となります。また、シリーズ全体の視聴率が悪ければ、広告収入にも跳ね返って損失が出ます。この業界では、ドラマ制作は相応のリスクを伴う投資なのです。

しかし、Netflixでは、パイロットが作られる前に、政界物ドラマという基本線と、主役ケビン・スペイシー、監督デビッド・フィンチャーという企画概案が決まった段階で、20億円程度の制作費を出してこの作品を作ることを決めたそうです。従来のやり方から比べれば、無謀とも言える意思決定でしたが、これができたのも、政界物、ケビン・スペイシー、デビッド・フィンチャーという要件を同社の分析システムにかけて、どれだけの会員が見るか、どれだけの新規会員が稼げるかを予測できたからです。

同社はこの成功に引き続いて、2013年7月には、まったく無名だった女優を主役に据えた、女子刑務所が舞台のコメディドラマ「Orange Is the New Black」を公開しました。そしてこれはHouse of Cardsをしのぐ大ヒットとなりました。これに勢いづいて、2014年9月にはオリジナル映画の制作にも着手すると発表しています。公開の場はNetflixと全米のIMAXシアターのみ。これもまた新規会員増大に貢献するでしょう。映画業界には、既存のハリウッド式の制作を一新する、データ活用の新しい方法論が登場したと言えます。(おそらくこうしたことが、他業界でも続出するようになるでしょう。)

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■ポイント7 クラウドを徹底的に活用する

 

Netflixは営業当初から自前のデータセンターを構築し、技術担当によれば「カスタムメードのポルシェ」のようなシステムを構築して、日々のオペレーションをこなしていたそうです。しかし、2008年8月にDBシステムがダウンし、なかなか原因がわからないまま、業務が3日間完全にストップする事態が起こりました。

この経験から、システム運用の自前主義を改め、パブリッククラウドから必要な資源を必要なだけ調達する方針に切り替えました。システムはオーダーメードのポルシェでなくても、いつも必要なだけ安く買えるプリウスでよいという割り切りが大切だと、技術担当が行ったプレゼンにはあります。
(資料 http://www.slideshare.net/AmazonWebServices/med202-netflixtranscodingtransformation

Amazon Web Service(AWS)を本格的に使うようになった2009年以降からずっと、同社はAWSの最大手ユーザーです。大口顧客であるためAmazonに対する発言力も強く、当初から自社の要求をどんどんAmazonに伝えて改良させていったそうです。Amazonにとっても、大規模に使ってくれるユーザーがそばにいて、フィードバックがどんどん上がってくる方が完成度向上に役立ちます。二人三脚でパブリッククラウドの運用体制を作ってきたと言えます。

パブリッククラウドでは、落雷などによるシステム停止の事故が避けられません。これについてNetflixでは、自前のインフラ・DBシステムによって停止時間がいたずらに長引くよりは、プロのインフラ技術者が無数にいるAWSに頼り切って、相対的に短い停止時間で済む方が賢明だという考え方をしているようです。

AWSに毎年支払っている使用料は売上高の3%程度と報じられており、だとすれば1億〜1.5億ドル相当になります。常時、数十万のインスタンス(4コア、30GB)を利用、数千のCassandraノードを使っています。また、日々数千インスタンス単位で、新規設定と消去を繰り返しています。当然ながら使用料を節約するための方策は各所で動いており、ふだん使わない処理は利用単価の安いon-demand instanceを使っています。また、AWSの総使用コストを節減するためのツールを自社開発し、それをオープンソースとして公開する試みも行っています。

Netflixは、技術者たちが同社の創意工夫の結果を発表するブログを運用しており、ここで同社の技術がふんだんに公開されています。

Netflix Tech Blog
http://techblog.netflix.com/

こうした最新技術を積極的に使う姿勢、そして得られたノウハウをブログやオープンソースで公開する姿勢が、同社をパブリッククラウド遣いの最先端の位置に押し上げているのだと感じます。これにより、世界中から活きのいい技術者が集まってくるという効用もあるようです。

 

■ビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイント

 

あらためて、Netflixがビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイントを振り返ってみましょう。

【ビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイント】

・ポイント1 データを多く取れる業態にシフトする
・ポイント2 顧客のすべての行動データを取る
・ポイント3 すべての商品に顧客目線でタグをつける
・ポイント4 売上高・利益率を改善する指標を集中的に攻める
・ポイント5 データから仮説を作ってレコメンデーションの精度を日々改善する
・ポイント6 データで売れる商品を仕入れ、データで新製品を開発する
・ポイント7 クラウドを徹底的に活用する

他社に先行してビッグデータ活用に取り組み、それらの方策を投資家から評価され時価総額が増大しているNetflixは、オンラインの有料動画配信という、やや特殊なビジネスの事例であっても大変興味深い事例です。

 

【関連記事】
前編 ビッグデータ経営で時価総額を5倍にする7つのポイント
https://bdm.dga.co.jp/?p=1900


【執筆者情報】

今泉大輔
ITジャーナリスト主にエンタープライズコンピューティングを担当。消費者向け書籍も複数(1996〜2013年)。大手銀行系シンクタンク・米系大手IT企業のリサーチャー(2003〜2010年)。インフラ案件形成コンサルティング(2011〜2014年)

ブログ:インフラ投資ジャーナル

(株)インフラコモンズ代表取締役

 

 

    

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